94年10月15日、両国国技館。 試合の風景、試合の進行自体はいつもと変わらなかった。 そしてメインイベント。そこでは「4年半の間に黄金になった」あのカードが待っていた。 先に入場してきたのは…鈴木みのる… いつもは頭に黒いタオルをスッポリ被り、その隙間が作る影から青白い眼光を刃のようにギラつかせる。しかしこの日はどこか違った。 よく見るとタオルは肩にかけ、リングインする前は青コーナー周辺でじっくりと、一周するかのように辺りを見渡している。 あとできけば、大事な大一番を前にファンの顔を一人一人みたかった、ということらしい。 普段そんなことをしないだけに、これだけでも鈴木がこの試合に向けていかに強い思い入れを持っていたかがわかる。 さて、反対側から入場してきたのは船木誠勝。 私は二階席からの観戦ゆえわからなかったがリングに向かう船木の顔はもの凄い形相だったときく。もっとも本人によれば「鈴木のテーマソング」が原因らしい。 両者睨み合いのあとゴングが鳴った。と、いきなり船木がスライディングキックを放った。 場内はどよめき、この動きに鈴木も意表をつかれたらしい。確かに鈴木の動きはいつもの冷静に黙々と、ときにはカメラを意識してまで余裕たっぷりで試合をする彼の動きではなかった。船木に言わせれば鈴木の試合は「試合開始前と試合中は肉食動物、なのに試合中は草食動物」ということだが、この日は試合中でも肉食動物そのままだった。 そして鈴木は船木に飛び蹴りを食らわせる。オーバーなアクションゆえもちろん船木は難なくかわすが、技や攻撃の精度以上に両者の激しいぶつかりあいに会場は激しくヒートアップ。 打撃の応酬のあとグラウンドに移行するが船木は下からでも蹴りあげる。なかなか自分の展開に持ち込めない鈴木が、猪木―アリ状態から「コイオラ〜オラコイオラ〜!!」 鋭い眼光を船木も返し、ものすごい勢いで鈴木を襲う。ようやくグラウンド。最初の一分あまりの攻防で二人ともエネルギー残量も考えないで動いたからか、両者とも早くも動きに疲れが見える。たった一分で…などと思うようではまだまだ格闘技の真の迫力がわかっていないととるしかない。たとえ一分前後でもあれだけ派手に動けばスタミナ切れは激しくなる。一度やって見るといいだろう。か、できれば試合のビデオが手に入っているならそれをみるのが一番いい。 だが、グラウンドになって動きは慎重になったものの両者はグラウンドでも打撃を出し合う。グラウンドでのナックル攻撃の認められていない当時のパンクラスでは珍しい。 そして鈴木は船木に投げを試みた。しかし船木のウェートに潰され、失敗。 船木はいっていた。「グラウンドで組合ったとき、アイツの息が切れていたんですよ。でそれをみたとき、“あ、コイツもかなりバテてるんだ”と思いましたね」 投げに失敗した鈴木が下になった。鈴木はダメージを受けないよう必死でガード。特に首から上はスリーパーをかけられる恐れがあるため硬めにしてある。ならばと船木はボディーにパンチを入れた。今度は体を回転させて対処する鈴木。そこに一瞬の隙が生じた― 次の瞬間、船木が鈴木の首をキャッチした。ガッチリと、キャッチした。凄まじい表情で鈴木も腕をはずそうとする。しかし完璧に入った関節技が外されるはずもない。それでも鈴木ははずそうとする。お化けのように白目を剥くまで― 危険を察知した廣戸聡一レフェリーが試合を止めた。がっくり落ちた鈴木。感きわまって涙ぐむ船木。そして開始から要した時間は1分51秒。スリーパーホールドとコール(されているが、後日レフェリーストップによるTKO勝ち)された。 しばらく座ったまま涙ぐむ船木。そして介抱されて我に返った鈴木が船木を立たせ、抱き合って語り合う… 四年半前のこのカードはあのUWFの第二試合。両者関節技オンリーでUWF内でも「独り善がりだ」と酷評された試合だった。それでも二人にとっては最高のスタートだったのだろう。そしてそこで鈴木が見つけた「小さな宝石」は、みんなから「ただの石ころ」といわれながらも少しずつ輝きを増し、パンクラスを生み出した。そしてまさにこの「石ころ」が四年半にして名実ともに黄金と呼ばれるにふさわしいカードとなったその瞬間を迎えたのである。 そして、船木はマイクをとる。 「パンクラスを旗揚げして、一年がたちました。皆さんの応援のお陰で、一年がたちました。…やってこれました、本当に… これからも、パンクラスを、宜しくお願いします!! オレは、残された格闘技人生をパンクラスにささげます。 鈴木との戦いは、これが始まりです!!」 ――――――――――― 結局、船木対鈴木は船木の一時的な引退などもあり、パンクラスではこれが最後となってしまった。 また、それから十年以上がたち、船木、鈴木、そしてパンクラスという団体にいたるまで、彼らを取り巻く状況はあまりに変わり果ててしまった。 しかし、あの日の、筋書きを作ってその通りに演じ切るなどなかなかできないほどの最高の結末だけはこの日試合を観戦したファンの心にいつまでも残るはずである。 |