「横浜といえばシウマイ」と言われるほど有名な崎陽軒の「シウマイ」について。 崎陽軒は、1908年(丁度100年前)に、4代目横浜駅(現在の桜木町駅)長だった久保久行が定年後、妻コト(旧姓野並)の名義で駅構内営業を始めたのが、創業です。牛乳とかサイダーを売っていたそうです。 1915年に支配人についた現社長のお祖父さん、野並茂吉が、横浜に何か名産品を作りたい、と言うことで、中華街で点心職人をしていた呉遇孫を招聘、冷めてもおいしいシウマイ作りをしました。試行錯誤の中で、ホタテの貝柱を使えば、豚肉の臭みが消えて、冷めてもおいしい、ということを発見したのだそうです。そして、1928年にシウマイ折詰めを販売開始しました。 揺れる車内でも食べやすいよう、ひとくちサイズとし、12個入り1折りが50銭だったそうです。 その後、銀座のたばこキャンペーンガール「ピース娘」にヒントを得て、横浜駅のホームに赤いチャイナ服を着た「シウマイ娘」を登場させて(1950年、左の写真)、弁当を売り出したら、それが話題になり、全国的に有名になったそうです。 僕らには、漫画家横山隆一の「ひょうちゃん」の醤油入れ(右の写真)が懐かしいですが、「ひょうちゃん」が登場したのは、1955年だそうです。子供の頃、いろんな「ひょうちゃん」を集めたものでした。 ところで、なぜ崎陽軒では「シュウマイ」(焼売)を「シウマイ」としたかについては、3つ説があるそうですが、どうも 当時の社長が栃木県の出身で、いつも「シュウマイ」を「シーマイ」と発音してました。それを従業員に指摘されても、「オレはちゃんとシーマイと発音している」と言い張る(笑)ので、これはだめだ、と言うことで、本場の中国人に発音してもらい、それをカタカナ表記したら「シウマイ」になった、 ということが、真実のようです。(現社長が、そう言っています。) これも「ハマことば」(?)ですね。 |