一昨日、3年ぶりにある教え子に会った。 自分が教えている美大受験予備校から大学に合格した学生だ。 その彼女は現在3年生なのだが、就活はしておらず他の大学の大学院を目指しているとのこと。 作家を目指して絵を描いている彼女の作品ファイルを見せてもらったが、なかなか良い作品を描いていた。 実はその彼女、予備校に通っている当時は自傷行為で苦しんでいて、それが気になった自分は当時個人的なレベルでやり取りをしていた。 自分がすすめた本『神との対話』を読み、何とか心の安定を得て合格を獲得したわけだが、大学に入ってからもしばらくはそういった状態が続いたという…。 その日は、久しぶりだったこともあり積もる話に花が咲き、ファミレスで数時間ほどやりとりをした。 色々な話をしたが、驚いたのが、大学に入ってからM嬢のアルバイトを2年も続けていたという話。 学校に通いつつ、六本木にあるそのお店に週4で出勤していたとのこと。 またさらに、そこで稼いだ給料(そういう仕事だけあって給料もいい。)はほとんど当時付き合っていた男に貢いだという…。 そんな生活に明け暮れていた彼女は、二年間ほとんど制作もせず過したわけだが、ある日の担当教授との人生相談がきっかけで男とのしがらみを断ち切り、絵を描くことに目覚めた。 自分が見せてもらった作品は3年になってから描いたものだというが、大作もあり世界観もしっかりと確立されたなかなか立派なものだった。 作品のほとんどがモノクロ(白黒)で、木炭やパステルなどを主素材としている。 彼女の制作姿勢をまとめると以下のような感じだ。 ・はじめは色を使っていたがある時「違うな」と感じ、それ以降モノクロで描いている。(カラーの作品は捨てたとのこと。) ・だいたいの作品に言葉や短い文章が添えられているのだが、実は作品のビジョンより先にその言葉が存在し、その言葉をずっと心に抱き続け表現することに集中し描くとのこと。 ・絵具や手で描いた痕跡から生じる物質感が好きではないので、あえて実物ではなく印刷したものを展示したい。 などなど、作品に対する姿勢がとてもしっかりしていて頼もしく感じられた。 それに関心した自分に、彼女は「バカにしているんですか~」と笑いながら言ったが、彼女を高校1年のときから知っている自分にとってはそれが素直な感想だった。 なにせ制作の何たるかを全く知らない彼女の記憶が、今もはっきりと自分の頭の中には残っているのだから。 また興味深かったのは、そのM嬢のバイトを通し多くの苦しみを抱えた大人たちと関わる中で、精神的安定がもたらされたいうことだ。 もちろんそれを求めて働いていたわけではないが、心に苦しみを抱えた大人達(年配のおじさん達が多かった様)と関わる中で、ちょっとやそっとでは動じない心が養われていったという。 確かに今の彼女を見ると、予備校生時代とは別人で、その安定感と来たらもういっぱしの作家から漂う雰囲気そのものだった。 そのバイト先でのやりとりにまつわる、生々しい話を沢山聞かせてもらったが、ここに書くのがはばかられる内容ばかりだ。 具体的には書けないが、客のS行為による痛みとショックで気絶したこともあったという…。 身体的な痛みに関しての免疫?がない自分にとって、彼女の体験談は衝撃以外の何ものでもなかった。 「よくそんなバイトを何年も続けたね~。」と言うと、彼女はあっけらかんとした満面の笑顔で「楽しかったから~」と言った。 軽いショックとともに、心地良い敗北感に似た感情を感じた。 自分が想像も出来ない体験を自ら選んでいる人を前にしたときに感じる感覚だ。 確かに押さえようがない自らの精神の要求で、何らかの心理的安定をはかるために自傷行為を重ねていたわけだから、他者により代替的に身体的痛みがもたらされることにより安定がもたらされることがあるとは思う。 彼女の深いところにある否定的な感情や、くすぶり蓄積していたエネルギーが、M嬢という役柄を演じ続けることにより徐々に昇華されていったのかもしれない。 その後は自傷行為もなくなり、今は制作に励む充実した大学生生活を送っているようだ。 一連の作品全てに、一貫して彼女らしい雰囲気が漂っていた。というより作品自体がある意味本当の彼女自身なのだろう。 白黒で描かれたその絵は、古い官能小悦のような淫靡な雰囲気と詩的なエロティシズムをまとっているが、自分の内面を真っ直ぐに表現しているという意味においてはとても健全なものだと感じられた。 まだ立場は学生であるが、立派な画家に成長した彼女を見て嬉しくなった。 ほんの少しの寂しさに似た感情を感じたのは、自分の自我が彼女により必要とされることを期待したことが勘違いに終わったことへの小さな落胆だったのだろう。 当時、藁をも掴む思いで自分にサポートを求めていた彼女はどこにもいなくなり、しっかりと自分の足で立っていた。 卒業までに展覧会を開く予定だと言っていた。 今からその時が楽しみだ。 |