うだつのあがらないサラリーマン、ヤマダさんと 東南アジアからの留学生マクさんとの お昼休みの会話はまだ続きます。 「もう、ヤマダさん! 問題はエビだけじゃないんですよ!」 「まだ何かあるの?」 ヤマダさんは「もうかんべんしてくれよ」と言いたげに答えますが マクさんは許してくれそうにありません。 「ヤマダさんが今朝何を食べたか、もう一度言ってみてください」 「え? カップめんだけど、それが何か…」 マクさんはあきれたように言いました。 「しょうがないですね、ヤマダさん。 カップめんには、パームヤシの実からつくられたパーム油が 材料として使われていることを知っていましたか?」 「いちおう食品表示は見ているつもりだけど、 パーム油なんてあったかな?」 「植物油と書いてあるのが、パーム油なんです、ヤマダさん」 「あっ、そうなの」 「ほかにも、石けん、ポテトチップス、マーガリン、シャンプー、洗剤、ろうそく、ラクトアイスクリームと、 日本人が食べたり、使ったりしているものの中にたくさんパーム油が使われているんです。 そのほとんどが東南アジアから来ているんですよ」 「それは、どうもありがとう」 ヤマダさんのとんちんかんな答えにマクさんはまたため息をつきました。 「これがまた問題なんです。 日本や先進国がたくさんパーム油を使うようになってから、 私たちが反対しているのに、 ジャングルの木がどんどん切られて ヤシのプランテーションがつくられていったんです」 「ジャングルがヤシの実畑になったんだから、良いことじゃないか」 「もう、ヤマダさん! さっき、私たちの暮らしに必要なものはすべてジャングルにあるって 言ったばかりじゃないですか」 「ジャングルの草木が根こそぎ切られたうえに 私たち家族も、森の動物たちも、 長年住んでいた土地から追い出されてしまったんですよ」 「プランテーションで働けばいいじゃないか。 現金収入が入って、生活が豊かになるよ」 「もう、ヤマダさん! プランテーションには、ジャングルを切り開いた、よその人たちが働いているんです。 しかもヤシの木が病気にならないように とても強い農薬をまくものだから、作業するのにもマスクが必要なんです」 「…」 ヤマダさんは言葉もありません。 「これで少しは、私たちがどんなに迷惑しているか、 解ってもらえましたか? ヤマダさん」 「いやあ、まいったなあ。 ふだん、あたりまえのように使っているものの中に、 そんなにパーム油が使われていたなんて 今まで知らなかったよ」 「そのうえ、エビやパーム油をとるために 君たちの生活の場をそんなに荒らしていたとはねえ。 でも、君たちの生活の場を壊しても、 ぼくは少しも困らないからなあ」 「また、なんてひどいことを! その想像力のなさが、 東南アジアの自然破壊だけじゃなくて、 日本のごみ問題や地球温暖化問題を引き起こしているんですよ。 東南アジアの問題は、まわりまわって、 いつかはヤマダさんの問題になるんですよ」 「そうかあ、まわりまわっていつかはぼくの問題になるのかあ。 それはいつのことだろう」 ヤマダさんは、ふと我に帰り、腕時計を見ます。 「あ、いけない! 昼休みが終わってしまうよ。 昼からやらなければならない仕事は、あれと、あれと…、それに…」 「いけない、じゃあね! 外国のものはできるだけ食べないように気をつけるよ」 ヤマダさんは上着をつかむと、あわてて会社に帰っていきました。 「困りましたね、日本の人には。 最後には『仕事が、仕事が』って。 環境が破壊されたら、仕事どころじゃないのに」 マクさんはあきれながら、ヤマダさんの後ろ姿を見送りました。 「『外国のものはできるだけ食べない』って、言ってたけど、 本当かなあ」 (了) |