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2008年02月08日(金) 
Shel Silverstein (著) の御本ですね。

高校生のころか。
この英語版を読んだとき、日本語を読むよりも英語で読んだほうが、コトバがストレートに自分に入ってくるという経験を初めてした。
Someday,My Prince Will Come、という姿勢が、自分のなかに根深く存在することに気づかなかったころ、この本を読んだ。

自分が動くこと。
だれかの形に合わせる必要もないこと。
ていうか、形を合わせようとすると、進んでいかないこと。

自分のペースで進むこと。
すると、いっしょに進んでいこうとする存在が見えてくること。
そんなたくさんのことを、シンプルに記してる。

依存したい/誰かがいつか、という期待する気持ちが、さまざまな自分のなかの不快な気分を引き起こしているのだとこの本を読んでから気づいた。不快さの自給自足。
AHO。



自分ひとりで散歩するのが楽しい。

でも、好きな人に知らせたい路地をみつける。

その人も、ひとりでどこかで楽しい路地をみつけてる。

そうして進んでいって、どこかで交錯して、「あのさ」と秘密の場所を教えあい、そこここへともに行き、探検するのがよし。

で、しばし道行を楽しみまた、岐路がきて、一人になる。

一緒にいることが目的でなく、その道行を楽しむ愉悦がライブそのもの。
その感覚が、一瞬だけど永遠なんぢゃないかと思ったりする。

The Missing PieceとBig Oのお話は、切ないけどホントのことだなあ、と思う。
ただの絵本なのになあ。





閲覧数23,035 カテゴリ読んだ本のこと コメント2 投稿日時2008/02/08 21:56
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2008/02/09 00:44
    ぼくはまだビッグオーを知りません。
    まだ探してます。ぼくを。
    次項有
  • 2008/02/10 01:03
    itamiさん
    いつか王子様が願望というのは
    今の若い人の中にも根強く残ってるものでしょうか。

    私は自分の中のそれは、
    多分少女マンガ(当時は乙女チック全盛期だった)により醸成されたものと信じております。
    プリンセスものは嫌いだった癖にね。

    それが身について剥がれなくなってることに気付かせてくれたのが
    「ぼくを探しに」。

    今度英語版読んでみますねー。


    次項有
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