あいさつできて、ちょっとした話ができる人が、町にたくさんいるって、いいな、と思う。 367万人を超える人が住む横浜に生まれ、育ち、働いてきた。職業柄、多様な立場の人たちと接することも多かった。 でも、自分のコミュニティという感覚は希薄だったと思う。 何年も音信のない小学校時代の友人/コミュニケーションは密だったが、144人しか同級生がいなかった中学・高校時代。 仲良しは限られているし、住む場所もばらばらだから、実質、地域で個人的に話ができる関係というのはほんの数人、というところだ。 親もいなくなってしまったし、横浜というコミュニティにつなぎとめてくれる関係、というものは、かなりぼんやりとしてしまっていたと思う。 振り返れば、ハマッち!を2007年に立ち上げた際、わたしは↑のような状況だった。 ハマッち!が開設された公式的な目的はいくつかあった。 最上位には、もちろん(これはわたしの言い方だが) 「いま、ここ・このまちを充実させる、幸せだと思えることが少しでも多い地域にする」という大目的が存在する。 それを実現する1つの手法として「イベントを企画し参加する市民に役立つ、市民のグループウェア」「既存の所属組織(市民団体も含む)を少し離れ、個と個が新たなつながりを作れる場所」としての地域SNSが存在する、と位置づけて、始まった。 などなどと、意味づけすればいくらでもあるのだが、昨日の「ハマッち!大望年会2009」に集まった方たちを見ていて、ただただ個人として不思議な感慨にとらわれ、俯瞰してあの場を見ていた時間があった。 2007年3月31日にシステムが稼動したとき、わたくしの友達は招待者である「もり・ゆか」さんだけ。それが現在、252人の方が「トモダチ」としてリストされている。 もちろん、お会いしたことがない方もいる。 それでも、細い糸でつながっている感覚がある。 それが何に具体的に役立つのか? わずらわしいだけではないか? という人もいるかもしれない。 でも、人とつながるというのは元来わずらわしさとセットなんぢゃないかとおもう。 わずらわしくないように、自分だけが心地良いように、ということを追い求めていくと、つまりは孤立するしかない。 孤立の先には、幸せはない。 たとえば・・ おいしいナポリタンを食べてもらうために、昼間から食材調達や調理に駆けずり回っている人がいる。 会場の設定から料理のメニュー選定など、一切を取り仕切ってくれる人がいる。 中継をするために、床を這いずり回って回線を確保し、カメラを設置してくれる人がいる。 食べたあとのごみを率先して回収してくれる人がいる。 こうしたいくつもの配慮や体を動かす作業にお金が支払われるわけではない。「わずらわしい」「めんどくさい」ことに思えるかもしれない。 7月に哲学者・内山節さんに取材したとき、昔の村のコミュニティの共同作業=結のようなもの=が話題になった。自分たちのコミュニティを自分たちで普請する。民のなかにその技術も力もあったという。 それが「民は金を稼ぐようになり、税金を払うことによって”市民”になり、日常に不可欠な共同作業の部分を自治体にアウトソースしてしまった」のがここ100年ぐらいの日本だという。 そんな話をぼんやり思い出しつつ、参加したみなさんの顔をみていたら、場と時間を共有することがとても貴重な体験であることを痛切に感じました。 痛切、というのは、大げさに思われるかもしれませんが、なんというか身体感覚でして「もう二度とないことが、面前で行われているなあ」という感慨でもあります。 もちろん、ジンセーすべて「二度とない瞬間の繰り返し」なのですが、昨晩のようににぎやかで楽しく、わいわいやってる時にそういう感覚に陥ることがまま、あります。 などと、グダグダ書きましたが、望年会とっても楽しかったです。 今回、すべてを取り仕切ってくださったタクおばさんをはじめ わたくしたちのわがままに首を振らず対応してくださった野毛Hana*Hanaのみなさま、ありがとうございました。 来年はどんな年にしたいのか。 ハマッち!やそのほかの情報技術を、リアルなつながりづくりにどうしたらもっと役立つものにできるのか? そんなことを考える年末年始になりそうです。 ↓は、毎度のことながら、不良母に振り回されふてくされているうちに眠ってしまったムスコ。 |