昔、美男を競い合う二人の男優がいて、フランスのアラン・ドロンとアメリカのロバート・レッドフォード、その二人が当時日本でも女性にもてる二大代名詞で、周りを見ると若い男たちはその二人の服装のどちらかに似せているようなところがあり、「つまらないな」と思って、こちらは新宿に住んでいて歌舞伎町に飲みに行くのにも下駄履きで「カランコロン」と行っていたことを思い出す。そのドロンが、決定打を打った洋服のコマーシャルがあって、「D'urban c'est l'elegance de l'homme moderne.(ダーバン、それは現代の男のエレガンス)」というフランス語の響きが「魅力的」で随分と流行り、そのTVCMを毎日のように耳にした。そのとき、わかりそうでわからない言葉だったのが、「エレガンス」という言葉で、女性のイメージと結びつきそうでなぜドロンが、と思ってこの言葉には、長年理解できないところがあった。ところがこの間、ニュースを見ていて震災のお見舞いをされる天皇皇后両陛下の立ち居振る舞いを拝見していて、昔大学の恩師のT先生が「日本の皇室にはエレガンスがありますね」とおっしゃられていたことを思い出した。当時は、聞くともなくというかなにやら時代錯誤では、というような生意気な聞き取り方をしてそれが理解できないままにいたけれども、ようやくそのニュアンスが少し「把握」できたような気がした。それも、ドロンやフランス語のそれでなく、日本語で言ってもいい日本ならではの「エレガンス」がそこにはあって、陛下と涙を流しながら自分は大丈夫だと会話を交わされている年配の被災者にも明らかに「エレガンス」がある、と感じたのは私の思い込みだろうか。そして、日本はエレガンスの国だなと思ったり、エレガンスには少なくともそのうしろに「つよさ」があるなと感じたりしたのは、これも私の思い込み、かもしれない。
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