CreativeCityを構成する必須条件といえる「Tolerance」を検索してみたら、こんなサイトに出会った。
http://www.tolerance.org/ アメリカの南部地方法律センター?のウェブプロジェクトとロゴに表示してある。
ちょうど、いま読んでいるミステリー小説(終結者たち=The Closer、講談社文庫=マイケル・コナリー著)がちょうど、hate crime(憎悪犯罪)を軸に展開しており、興味があったのでのぞいてみた。
Hate crime
http://en.wikipedia.org/wiki/Hate_crime 人種、宗教、性的志向性、障害、民族性、国籍、年齢、性別、性的同一性、支持政党(?)による差別的取り扱いそれ自体と、それを背景とした暴言・暴力のことであるようだ。
tolerance.orgのページで、定義フェチなわたくしがグッときたのが
http://www.tolerance.org/about/tolerance.html このサイトの運営者が、toleranceをどのように定義づけているか、について書いてある。
運営者の方々はユネスコの文書
www.unesco.org/cpp/uk/declarations/tolerance.pdf
を引きつつ
下記のように定義づけている。
Tolerance is respect, acceptance and appreciation of the rich diversity of our world's cultures, our forms of expression and ways of being human.
Tolerance is harmony in difference.
”Tolerance is harmony in difference”とはなかなかいい言葉かも。
さて、ニホンのクリエイティブシティにおいて、どれほどこの「寛容」を醸成するための試みがなされていくのだろう。
何かを地域から排除していくことになりがちな「浄化」運動とは反対の動きであるからなあ。
(よく警察が使いますよね、「地域の浄化」とか。この言葉、「民族浄化」を連想し、さらにボスニア紛争を思い出して、いっつも「いやな言葉だなーー」と思っていた。浄化、という言葉が悪いのではないのですがね。「何から」「何を」排除して、浄化とするかということの中身について、いまひとつ彼らと同調できないだけで…)
ついでに…。
欧米のこうした.orgのつく団体のウェブサイトの洗練され方は、ミッションのくっきり感と連動しているのだろうか。
明確な「定義」を共有した言葉をまず用いる。
次に、
「到達したい社会の姿」をはっきりと描いて、
そのために自分たちが何をしなければいけないかがわかっている。
そのうえで、
実現したい社会に向かうための手段や手法、イベントなどの活動が
サイトで紹介されている。
そんなすっきり、シンプルな構造。
見習わないと。