サラリーマンになってしばらくして、肩書きを貰って初めて二人の女子社員を部下にした頃を思い出す。二人のうち一人の娘は商業高校を出たばかりでこちらは高校の先生になったような気分で毎日接した。もう一人は、年はそれほど変わらなかったように思うけれども、やはりフレッシュでサッパリした可愛らしさをもったTさんという娘で、社内でも「ひそかに」人気があった、ように思う。あるとき私たちの課に若手の営業マンのO君(だったか)が現われ、Tさんの傍らに立つと大きい声で「今日、食事をしませんか!」と(武骨に)言った。私たちは一瞬何が起こったのかわからず、しいんとしていたが、Tさんだけが真っ赤な顔をしてうつむいていた。「おいおい、就業中だぞ」と思ったけれども、こちらも気後れがして知らんぷりをして仕事を続けていた、と思う。これは、世間の「常識」は無視して、O君が一つの「勝負」に出た瞬間で、そのときTさんも顔を赤らめて食事を承諾し、その後二人は結婚もしたということを何年か後に聞いて、あきらかにO君はこの勝負に「勝った」といえた。人には何度か「勝負」にでて「勝ち負け」を決めなければならないことがあり、「相手」がある場合でも、仕掛ける勝負にはまずもう一人の「自分」が今の自分に覆いかぶさってくる。むしろ、勝負ごとの大半は見ず知らずの「自分」との戦いと言ってもよく、自分に勝ったような気がしているとたとえ「相手」との勝負に負けても気分がいい、というのはけっしていいわけでもなくて、それが私たちにはどういうことなのだろうかと思う。「勝ち負け」というのは、一回限りのものではなく「永遠に」続き、「今だけ」の「勝ち」にこだわっても...というか。O君などは、引き続き、Tさんと共に「果てしのない」勝負を続けているだろうか。
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