大学生になったばかりの頃当然に貧乏で、東京から四国に帰るのに新幹線に乗れずに夜行の寝台列車に乗ったことがあり、眠れなくて食堂車に行きコーヒー一杯でねばっていると、何席か向こうに八代亜紀が独り(だったと思う)で食事をしていた。地方巡業の途中らしかった。手に何も持っていなかったので、ペンを借りてテーブルの紙ナプキンにサインをしてもらったことを覚えている。「これに?」と言われたけれども「すみません。何も持っていないので...」と言うと、気持ちよくサインをしてくれた。それを何年間か「宝物」にしていたけれども、いつの間にか失くしてしまった。そのときの彼女の若輩の青年に接する態度は「スター」そのもので、世に言う「厚化粧」でもなんでもなくて、むしろ「薄化粧」で見かけも仕草も「きれい」だったことを思い出す。彼女のサインは失くしてしまったけれども、そのときもらった「印象」は失くしてはいない。後で歳が自分とそれほど離れていなかったことを聞いて愕然とした。そういえば、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」のような「横浜の歌」を彼女はまだ歌ってくれていない、ように思う。
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