「書を捨てよ、町へ出よう」と寺山修二は云った。
「家事の手を止めて、町へ出よう」と濱のリリーは云う。
まちへ出ると 宝物に出会える。 ・・・人生の中に散りばめられた煌めきいろいろ
写真家の中川道夫さんとは、昨年の暮れ 商店街の夕暮れの中で出会った。中川さんは上海やエジプトのアレクサンドリアに何度も出かけ、写真集を出されていらっしゃることを その後で知った。
岩波書店から出版されている中川さんの写真集 「上海双世紀」 中川さんが上海と向き合い写された瞬間から時を経て、、、上海というまち、そこに暮らす人々、そこにある歴史的建築物、、、今私たちに伝えるもの、私たちが受け取るものいろいろ・・・ Wonderful!
今年に入って、「世田谷美術館のヨコハマパノラマウォークの案内役をやるので、歩く場所の下見をご一緒しませんか?」と 中川さんよりお誘いが。世界を歩かれている中川さんとまち歩きができるなんて、、、 Fabulous! そして3月のある春の日の午後、 主催の世田谷美術館の学芸員 高橋直裕さん(世田谷美術館創設からの方で、ワークショップの達人と言われていらっしゃる・まち歩きの達人でもアラレル) と3人で、神奈川区~西区を歩きました。
本番は、先月 5月9日(1回目)&2週おいての5月23日(2回目) 連続シリーズ!
実は、私は18才~20代の初めまで鶴見に住んでいた。 その後南区へ。20代の中半からは中区で働き、30代は仕事で5年間神奈川区内を回った。現在も住居は南区で職場は西区。横浜に来てから関わりのあった5つの区を2回通して歩く今回のコースは、私にとって過去の自分と対話する、巡礼の旅でもあった。(世界を歩かれている中川さんとは大違いで、ちまちましてるな~と思うが)
1日目ー5月9日(土曜日)12:30 京急花月園前集合
写真撮影時はいつもお天気という中川さん。 当日は、「曇れ~ 曇れ~」と念じていたそう(^-^; で、 曇りました!大気、雲を操れる方、らしい。。。
コースは・・・ 花月園前駅→生麦→子安→京急神奈川駅→浅間下→松原商店街→日用品市場跡と赤線跡(南浅間町)→尾張屋橋→藤棚商店街→戸部→岩亀横丁→掃部山→伊勢山皇大神宮→野毛→JR桜木町
私は後ろからついて、「車来ますよ~ 自転車通りま~す!」のミドリのおばさん的な役だったので 全てのスポットで写真を撮ってはおらず、抜粋的デス。
昭和色濃い国道駅から一気に幕末の江戸にスリップして、旧東海道の宿場を偲び、商店街などを楽しみながら そこに息づくまちの歴史を歩いて感じる。
町田市上小山田町が源流の延長42.5kmの1級河川。鶴見川と帷子川、大岡川水系沿いに「杉山神社」が分布、鎮座しているという話もある。(10代の終わりから20歳まで鶴見川の傍に1人で住んでいた)
鶴見と云えば、「生麦事件」・・・事件のあった場所は旧東海道であるが、 碑は 現在 キリンビアビレッジの近くに建っている。碑の前で解説をする中川さん。近くには、事件のことが詳しく解る、浅海館長が自費で開館した「生麦事件参考館」もある。(30代のころ、鶴見生麦魚河岸市場の仕事で毎日通った)
30代の私は某会社で営業職を。 担当地区のこの界隈をひたすら歩いた。〆日は、「帰ってくるな~ 少しでも踏ん張れ~~!」と声高々に朝礼で係長がパフォーマンスでいうもんだから、、、その頃の私もパフォーマンスで 入江川沿い、浜通りを行ったり来たりしたもんだ。。。思わず口づさむ、
「あれは何年前、歩く、私、蜃気楼みえる~♪」(byちあきなおみ・「喝采」のメロディで!)
生麦~子安はかつては小さな漁村で、子安にはビルと高速の間にその名残が今もみられる。江戸前のアナゴ漁は今も有名で、生麦の魚河岸通りには穴子専門の問屋もある。
子安浜に残る懐かしい風景には路地を歩くと出会える。 漁師さんだったお宅、銭湯、、井戸もいくつか、、、
まだ子安なのに ①終了!その②に続く~
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