サラリーマン時代には、市営地下鉄「伊勢佐木長者町」の駅から「横浜」に出ていた。あるときから地下の改札口に降りてゆく踊り場のところで、いつも見かける中年の男性が気になるようになった。その人は、いつも同じところに立っていて、視線はまっすぐに一点を見つめたきりで、何をするわけでもなく、ただ「立って」いた。何もしゃべらないし、すれ違う人も彼を気にする様子はない。私は、毎日同じ時間に同じ場所にその人を見かけていると、自分の通勤の習慣を「確かめる」ような気になって「納得」していた。雨が降るときは軒下で、たまに小さな折畳みの椅子に腰掛けていること、そして極々まれに、破れた新聞に視線を落としていたことぐらいが、「変わったこと」だっただろうか。それ以外はいつも、一点を見つめ続けていることには変わりがない。しかし、半年ほどしてあるときからその人を見かけることがなくなり、私もサラリーマンをやめたので、その時間その場所には行くことがない。多分その人はもういないだろうし、私も忘れていた。そのことを最近自転車で「伊勢佐木長者町」駅を通りかかったときに思い出し、果たして「あの人」はどういう人だったのだろうか、と思っている。不思議だけれども、妙に「納得できる」人だった。
|