火付盗賊改方長官長谷川平蔵は、自分が「弟」と目をかけていた滝口丈助が大身旗本石川筑後守の三男坊源三郎の姦計に掛かり惨死した後、自らの「役目」も忘れ丈助の「敵討ち」として、源三郎を切って捨てる。その後、公用を済ませた後、「上司」の京極備前守に酒の相手を命じられる。以下、その「風景」。 「ときに・・・・」 ふくみかけた盃を置き、備前守高久が、 「三月あまり前のことじゃが・・・・」 「平蔵も耳にしていよう。石川筑後守の三男・源三郎が広尾ヶ原で斬ってタオ(エイという字)されたという・・・・」 「はい」 「斬った相手は、ついに見つからぬ」 「さようでござりまするか」 「供の者が一人、松の木へ縛りつけられ、気を失っていたというが、こやつも相手の顔を見ておらぬそうな。いや、まったくもって、あざやかな手の内じゃ」 「ははあ・・・・」 「これにて・・・・ほれ、かの滝口丈助も浮かばれようぞ」 「恐れ入りたてまつる」 「源三郎の左肘を浅く一太刀。ついで喉笛から頸筋の急所をはね斬った腕前。検屍の者も舌を巻いたそうな」 こういって、京極備前守が盃をほし、これを平蔵へ、 「とらそう」 と、あたえ、みずから酌をした。 「これは、まことにもって・・・・」 一礼して、酌を受けた平蔵と備前守の目と目が、ぴたりと合った。 そのまま、二人は凝と見合っている。 奥庭から吹き入る涼風に、燭台の大蝋燭の火がゆれた。 ややあって、京極備前守の口もとがほころびた。 長谷川平蔵が盃の酒をのみほすと、備前守は、 「そのまま、これへ」 わが手にうけとり、平蔵の酌を受けた。 「おれの弟」池波正太郎 |