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2011年01月02日(日) 

2000年 (平成12年) 頃の県立更生施設、例えば、

県立ひばりが丘学園には、十年以上、入所し続けている利用者さんが、

何人もいた。30歳を超える人も何人かいた。

 

しかも、1年中、この施設に居て、

家族の元へ帰ることがほとんどない、

家族の面会もほとんどない。

 

というようになることもあった。

 

つまり、家族は、施設に預けた 子どもの 「 いない生活 」 に慣れてしまって、

「 いない生活 」 が当たり前になってしまうのだ。

 

これは、相模原の入所施設の職員からも同じことを

聞いたことがある。

 

  「 何ヶ月も入所することで、その子の家族関係が崩壊するのを

   いくつも見てきた。」 と。

  ( もはや家族でない人になってしまうという意味だ。)

 

これが、私立の例えば、弘済学園となると、そのようなことはない。

 

月に何回か、

保護者は弘済学園の掃除に来たり、

親子レクリエーション ( バスでのお出かけなど ) に来たりすることに

なっているからだ。

 

家族が、 「 いない生活 」 に慣れようがないシステムなのだ。

 

家族を殴る、蹴る、投げ飛ばすなどがあって、

家族が子どもを家で育てられないと・・・・

 

施設を3ヶ月おきくらいに、次から次へとたらい回しにされたあげくに、

神奈川県内の施設が、入所待ちで入れないために、

県外に行くことすらあるらしい。 例えば、岩手。

 

施設に入所した学齢児の教育のために、

隣に養護学校ができたというケースは、県外では結構ある。

 

学校の教師は、病院の医師は、家族の味方なのか?

そうではない。子どもの味方でなければいけない。

 

では、児童相談所は?

子どもの味方ではなく、家族の味方に見えることが少なくない。

う~~~ん。


閲覧数2,716 カテゴリ障がいと教育 コメント1 投稿日時2011/01/02 13:10
公開範囲外部公開
コメント(1)
時系列表示返信表示日付順
  • 2011/01/08 15:05
    鉛筆Rimbaudさん
    耕クラフトさん、
    コメントありがとうございます。

    老人ホームは、同じ年齢の人達だけが集まっている(集められている)
    という特殊なできごとですね。
    地域で集まってゲートボールなどをすることは自然ですが、
    赤ちゃんや子どもやいろいろな世代と話したりすることが、老人ホームではできないですね。

    学校、親、子ども、医者という人がいた時に、
    親の意見を一方的に学校が聞くと、
    親が医者から言われたことの中から都合のいいように学校に伝えるというようなことが
    起こったりします。
    次項有
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