「家庭」 ではできるのに、 「学校」 では出来ない。
逆に、
「学校」 ではできるのに、 「家庭」 では出来ない。
ということがある。
この理由には、大きく2つあると思う。
一つは、子どもが自閉症 (アスペルガー症候群、高機能自閉症を含む) の場合。 二つ目は、 「学校」 または、 「家庭」 のやり方が間違っている場合だ。
二つ目の、 「学校」 または、 「家庭」 のやり方が間違っている場合については、
136. 「家庭」 も 「学校」 もダメなら、子どもは救われない http://sns.yokohama150.jp/blog/blog.php?key=21774
に書いた。
一つ目の、子どもが自閉症の場合については、これは、私もよく経験する。
例えば、 「学校」 では、 (1) スプーンを持って食べるのに、 「家庭」 では、手づかみで食べてしまう。 (2) 「いただきます。」 をするまで、食べるのを待っていられるのに、 「家庭」 では、料理を作っているそばから、つまみ食いをしてしまう。
逆に、 「家庭」 では、 (1) トイレのマカトンサインをして、家族を連れてトイレに行って用便をするのに、 「学校」 では、休み時間に、教師に促されないとトイレに行かない。 (2) 排尿をするのに、 「学校」 では、排尿をしない。
こういったことが、 「自閉症児」 では、よく起こる。
「こだわり」 「パターン」 「般化」 の問題である。
◆ 「家庭」 と 「学校」 の大きな違いは、
(1) 「家庭」 の家族は、自閉症児が生まれてからずっと、一緒に生活しているのに対し、 「学校」 の教師は、たいてい、一年ごとに変わる。
つまり、家族のほうが、自閉症児に対して、 パターンを作ってしまっていることが多い。
「家庭」 では、手づかみで食べてしまう。 「家庭」 では、料理を作っているそばから、つまみ食いをしてしまう。
を、「この子は、こんなものなのだ。」 と家族が思ってしまっているから、 変えられないのである。 (これを変えると、ドタバタと暴れたり、大声で叫んだりするのではないか?)
もう一つは、学校の教師や、医師などが、自閉症児への対応の仕方を 家族に分かるように教えていないからである。 (下手くそな教師や医師では、ダメ。)
(2) 「家庭」 は、生まれてからずっと生活している場所であるが、 「学校」 は、日中だけ、それも月曜日~金曜日だけ、行って生活する場所である。
つまり、 「家庭」 のほうが、 「学校」 よりも慣れた場所である。
「学校」 では、休み時間に、教師に促されないとトイレに行かない。 「学校」 では、排尿をしない。
を、「この子は、こんなものなのだ。」 と教師が思ってしまっているから、 変えられないのである。
「学校」 では、排尿をしない。
は、あるケースでは、 母親がPTAの仕事で、学校に来たときに、 学校のトイレに娘を連れて行ったら、学校で排尿できたことが きっかけとなって、
その後は、教師が連れて行っても、 学校で排尿できるようになった。
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